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風水師 山田光復の鑑定日記

陽明学とは何か? 9.致良知

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<本日のメッセージ> 

『悪は終局的には滅び去ることを忘れてはいけません。』易卦:山地剥 上爻変

自分の心に感じたもの、頭で閃いたものが、天からのメッセージです!

※このメッセージは

『マーフィー博士の易占い  (王様文庫)』の易経解釈から引用させて頂いています。

 

<奇門遁甲:開運方位>  

9月16日 西

9月17日 南東

9月18日 南東

9月19日 北

9月20日 北西

9月21日 南

9月22日 北東

※開運方位を活用下さい。運のポイントが貯まります!

 

 

<本日の活動予定>

■風水顧問出張打ち合わせin大阪

■山田光復FaceBook  https://www.facebook.com/kouhuku

 

 

<本日のつぶやき>

昨日の経営帝王学のスクールは、大変な盛り上がりとなりました。

スタッフ・スクール生皆様の御蔭様です。

心から感謝申し上げます。

 

 

<イベント・セミナー情報>

9月27日 『命名術』in札幌

9月30日 『開運合宿in能登』

 

 

<ワンポイントレッスン>

■陽明学とは何か? 9.致良知

 

王陽明が、大學の「格物致知」の「知」を、孟子の「良知」と解釈した新説を唱えたのは、50歳になった晩年のことであるとされています。しかしこの考え方自体は、伝習録にその前から現れており、かなり前から持っていたようです。

 

 致良知説は、王陽明の最後の道徳説であり、伝習録の改修者の銭徳洪によると、この説が最も明白に表明されているのは、伝習録中巻の聶文蔚(じょうぶんい)に答えた書簡であるといわれます。

 

それは2通あり、「致良知」にかかわる部分は次の箇所です。

 

 「そもそも人は天地の心に当たり、天地万物はもともと人と同体のものであります。だから生民の窮乏困苦は、そのまま吾が身に切なる疼痛に他ならず、この疼痛を感じないものは是非の心をもたない者です。ここで是非の心とは、「慮(おもんばか)らずして知り、学ばずして能くする」(孟子、尽心上)ところのいわゆる良知です。

 

 良知が人の心に具在することは、聖愚の別なく、天下古今に例外のないことです。世の君子は、ただその良知を発揮することさえつとめれば、其の是非(の判断)は自然と万人不偏のものとなり、好悪は万人に共通に也、人と己の差別もなくなり、国はあたかも家と見做され、かくて天地万物は一体と見做されます。これでは天下に治平をもたらすまいとする方が、無理というものでしょう。」(「世界の名著」続4、朱子・王陽明、中央公論社、480頁)

 

(参考) 

<読み下し文>

夫れ人は天地の心にして、天地万物はもと吾が一体なり、生民の困苦茶毒(とどく)は孰れか疼痛の吾が身に切なるものにあらざらんや、吾が身の疼痛を知らざるは、是非の心なきものなり、是非の心は慮らずして知り、学ばずして能くす、いわゆる良知なり、良知の人心にある、聖愚を間(へだ)つるなく、天下古今の同じところなり、世の君子惟その良知を致さんことを務むれれば、即ち自ら能く是非を公にし好悪を同じくし、人を視ること己の如く、国を視ること家のごとくにして、天地万物を以って一体となす。天下の治まるなからむことを求むるも得べからざるなり。

 

<原文>

夫人者、天地之心、天地万物、本吾一体者也、生民之困苦茶毒、孰非疼痛之切於吾身者乎、不知吾身之疼痛、無是非之心者也、是非之心、不慮而知、不学而能、所謂良知也、良知之在人心、無間於聖愚、天下古今之所同也、世之君子、惟務致其良知、即自能公是非、同好悪、視人猶己、視国猶家、而以天地万物為一体、求天下無治、不可得矣。

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