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風水師 山田光復の鑑定日記

陽明学とは何か? 3.王陽明 ―反骨の生涯

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<本日のメッセージ> 

『あなたの活力を人のために使いなさい。』易卦:地沢臨 上爻変

自分の心に感じたもの、頭で閃いたものが、天からのメッセージです!

※このメッセージは

『マーフィー博士の易占い  (王様文庫)』の易経解釈から引用させて頂いています。

 

<奇門遁甲:開運方位>  

9月10日 北東

9月11日 東

9月12日 東

9月13日 北

9月14日 北西

9月15日 南

9月16日 西

※開運方位を活用下さい。運のポイントが貯まります!

 

 

<本日の活動予定>

■家系カウンセラーレッスン・風水顧問打ち合わせ2件・風水コンサルレッスン

■山田光復FaceBook  https://www.facebook.com/kouhuku

 

 

<本日のつぶやき>

家系の連鎖を確認するたびに、自分の生命は歴史の所産であることが分かります。

先祖の生き様が現在の私に影響を及ぼすことを知れば未来の子孫の為に自分がどう生きれば良いのかが見えてきます。また、それ以上に生命の尊さ尊厳性を知ることが出来ます。

 

 

<イベント・セミナー情報>

9月14日 内閣府認定NPOjfta定例勉強会

9月15日 『経営帝王学講座』in大阪

9月27日 『命名術』in札幌

9月30日 『開運合宿in能登』

 

 

<ワンポイントレッスン>

■陽明学とは何か? 3.王陽明 ―反骨の生涯

 

王陽明(1472-1528)は号であり、名は守仁、浙江省余姚の生まれで、主に同省の紹興に住みました。10歳の時、父が進士の試験に首席で合格して官界に入り、北京に移り住みました。

 

彼自身も28歳で進士の試験に合格しました。

 

幼時から熱情的な性格であったといわれ、科挙の試験勉強に飽き足らず、任侠、騎射、文学、神仙、仏教に耽溺し、朱子学への疑問もかなり前からもっていたようです。

 

35歳の時、当時権勢を振るって飛ぶ鳥を落とす勢いにあった宦官・劉瑾に対する反対運動に参加して投獄され、貴州省の西北で猺(よう)族など少数民族の住む未開の山地である竜場駅の駅丞に左遷されました。

 

そこでつれてきた従者が病気になり、彼自身が薪を切り、水を汲み、かゆを作って従者を看病した。大官僚の御曹司として耐えられない生活を経験した王陽明は、若し聖人であったら、この場合、どうするであろうかと、石室を作ってその中で日夜、正座して瞑想し、必死になって思索した。そしてある夜ふけ、忽然として大悟したといいます。

 

陽明、37歳のとき

 

「聖人の道はわが性、みずから足る。先に理を事事物物に求めしは誤りなり」(聖人の道はわが性として十分に備わっているものである。先に理を事事物物に求めたのが間違いであった)という「心即理」の大発見をしました。

 

やがて宦官・劉瑾は、誅せられて、陽明は呼び戻されて、その後は正常な官僚のコースを歩み、最後には、南京兵部尚書(陸軍大臣控)まで昇進しました。

 

当時、中国各地には大規模な農民反乱が続発しており、それに加えて、皇族の寧王の叛乱という大事件まで起こりました。

 

王陽明は、これらの事件を次々に平定して、軍略家、政治家としての高い評価を得ました。しかし広西省の叛乱討伐の帰路、持病の肺結核が高じて病没しました。

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