風水を哲学する

陰宅風水コンサルタント in 京都 / 「人子須智」の本質

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<本日の活動予定>

■風水顧問打ち合わせ1件

 

<今日のつぶやき>

■京都でホテルを予約することが本当に難しくなってきました。

某ホテルチェーンは、ビジネスホテルの価格を一脱してやりたい放題です。

京都は、保健所がエアビアンドビーの対策チームを作り民泊撲滅の動き。

今後益々ぼったくりホテルが増えることになりそうです。

こちらの、対策もして欲しいものです。

 

<本日のお話>

■風水を哲学する24 「人子須知」の本質

 

「人子須知」は、明代初期、双子の徐兄弟が50年の歳月をかけ、

山を歩き、実地調査の末に記した、膨大な地理風水の書です。

 

この書には徐兄弟の風水に対する哲学が記されいます。

 

『墓所を求めるにあたっては、

まず人徳をつむことが正しいのであり、

人徳を害する醜い心では、地の道理は得るとしても、

天の道理はどうして望めようか』

土地を判断する基準や判断方法、具体的な手法等、

研究が進んでいます。

50年の歳月をかけ山を歩き廻らなくても、

多くのデータを収取し分析することも出来る様になりました。

地形図や航空写真地図等を利用した調査のほうが、

現地調査より俯瞰し正確に分析できるほどです。

風水の知識や情報もネット上で収集することも可能です。

恩師も持たず修業経験も無い自称風水師も増えてきました。

 

この様な現在を予見して徐兄弟が残した言葉の様に思えます。

 

 

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風水個別相談 in 大阪 / 巒頭の起源 葬書

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<本日の活動予定>

■風水土地鑑定1件、風水顧問打ち合わせ1件

 

<今日のつぶやき>

■静岡県は、風水的に極めて整った地形です。

昨日、ゆるキャラグランプリが開催され、1位が浜松の「家康くん」で、

企業部門の1位も静岡の「しずなーみ」でした。又、ベストフォーチュン静岡がある

磐田市の「しっぺい」は、残念ながら11位でbest10は逃しましたが大検討でした。

磐田市は、YAMAHAの本社を持ち、五郎丸のラグビー、昨日2年振りにJ1に復活を決定したサッカーと絶好調です!!

 

 

<本日のお話>

■風水を哲学する22 「巒頭の起源 葬書」

 

風水の判断方法は、

地勢を形状から判断する巒頭(らんとう)と、

風水羅盤を用いて方位から判断する理気の2種類があります。

 

理気での判断は、宋代頃から広く用いられる様になりました。

葬書は、それ以前の墓地の選定・択地にかかわる書で、

山岡を良地とみる思想を基盤とし、良地の選定を景観や地勢によって判断します。

正に巒頭系判断です。

具体的にどの様な土地が良いかを記した内容紹介します。

 

山之不可葬者五、氣以生和、而童山不可葬也

埋葬すべきでない山に五つある。生気は調和を生むが、童山(禿山)には埋葬してはならない

 

氣固形来、而断山不可葬也、

気はもともと土によって形となる。したがって断ち切られたような山容をもつ山には埋葬すべきではない。

 

氣因土行、而石山不可葬也、

生気は土によってめぐる。石山には葬るべきではない。

 

氣以勢止、而過山不可葬也、

生気は山勢によってとどまる。したがって過山には葬るべきではない。

 

詳細の解釈は今回は割愛させて頂ますが、

葬書の判断基準(巒頭的判断)のニュアンスを理解頂ければと思います。

風水の理気の判断基準においては、

時代が流れるにつれて、流派的なものが生じバラバラですが、

この巒頭判断に関しては流派の違いはありません。

 

流派の違いが無いところに原点としての正統性を確認することが出来ます。

 

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風水コンサルタント in 静岡 / 「葬書」

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<本日の活動予定>

■個別相談(事務所対面)3件

 

<今日のつぶやき>

■大阪W選挙!おおさか維新の勝利に終わった。

『大阪都構想反対』を良しとしない府・市民が多かった証しなのかもしれない。

現状に満足している場合は、あえて変化することは求めないもの、

未来を憂うることで、人は変化を求めます。今後に期待!

 

 

<本日のお話>

■風水を哲学する21「葬書」

 

著者は、『郭璞』とされていますが、あくまでも仮託です。

 

書かれた時期に関しては、確定されていません。

初めてその名が出てくる史書は

中国、元代に編纂された正史(二十四史)の一つで、

宋(北宋・南宋)を扱った紀伝体の史書で、

1345年完成した『宋史(そうし)』です。

 

宋代以前で間違いありませんが、

前回お伝えした『郭璞』の活躍と、「葬書」の内容と時代圏から、

「葬書」が『郭璞』が記したものと仮託されたようです。

 

内容は、内篇・外篇・雑篇の三篇に分けられていて、

内篇:基本的概念と事例

外篇:専門的・個別的な事実

雑篇:内篇の解説

です。

 

基本的概念を記している内篇の重要と思われる個所をお伝えします。

 

「葬ることは、生気を乗せることになり、なぜならば、五行のそれぞれの気は地中を巡って、万物を生み出しているからである。」

「気が集まって固まり骨となり、死ねば骨だけが残る。」

「父母の骨が葬られて、生気に乗り子孫の運が盛んになる。」

 

正に現代に残る陰宅風水の基本的な考え方です。

 

そして、風水の語源となる一節の原文は

『経日、氣乗風則散、界水則止、古人聚之、使不散行之、使有止、故謂之風水』で、訳して

『気は風に乗ずれば散じ、水に界てられれば即ち止まる。古人はこれを聚めて散ぜしめず、    これを行いて止めるあり。ゆえに、これを風水という。』です。

 

この一節の後、『風水』という言葉を使っての説明が続くようなります。

 

『風水之法、得水為上、藏風次之、』

『風水の法は、水を得ることを最上とし、風を蓄えることはこれに次ぐ。』

 

『風水』という語源は、『葬書』で間違いないようです。

しかし、この中での『経日』の『経』の経典が何であるかは不明です。

 

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陰宅風水コンサルタント in 富士・富士宮 / 「郭璞」

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<本日の活動予定>

■風水ビジネスプラン構築コンサルタント打合せ1件

 

<今日のつぶやき>

■富士市・富士宮市で朝から、「家系カウンセラー養成講座」の講義と、

「陰宅風水の現地調査」で夜まで滞在しました。

天気良く富士山の景色を一日楽しめました。

とても得した気分でした!!

 

<本日のお話>

■風水を哲学する21「郭璞」

 

「葬書」は、その名の通り

墓地を選ぶさいの、土地の選び方を記したものです。

著者は、『郭璞』とされていますので、先ず『郭璞』についてお伝えします。

 

『郭璞』は、「青嚢中書」を譲り受けたと、晋時代の書籍「晋書」に記されています。

「青嚢中書」は、晋の郭公なるものの著した五行・天文・卜筮の書で全九巻です。

それを印璽を納めるのに用いる青嚢、すなわち青い袋に入れたものを、郭璞が授かったところから「青嚢中ノ書」という名で呼ばれるようになったとされています。

しかし、『晋書』の郭璞伝では、この書を火中に没し、ついに後世に伝わることはなかったとされています。

又、戦乱に見舞われると、郭璞は筮竹で将来を占ったり、

様々な術や予言を行い、多くの難を逃れたという青年時代が史書に残されています。

その後、司馬睿(後の東晋の元帝)の腹心王導に招かれ、

彼の参軍となり、その卜筮の術によって大いに重用されます。

324年、王敦は、反乱を企て、郭璞にその成否を占わせたところ「成る無し」の結果に激怒し郭璞を処刑した。享年49歳でした。

 

晋の「郭公」が何者で『青嚢中ノ書』の詳細は不明確で、史書の信憑性も微妙ではありますが、ともあれ、「郭璞」が天文地理・五行・占法に通じた当代の知名人であったことは疑いは無いようです。

堪輿・風水の創始者に仮託される所以です。

 

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風水マンション鑑定 in 港区 / 「言葉と術としての起源」

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<本日の活動予定>

■内閣府認定NPO日本運勢鑑定士協会認定

「第3回家系カウンセラー養成講座」講義

 

<今日のつぶやき>

■昨日、奇門遁甲で武蔵陵墓地の参拝と高尾山に行きました。

墓地は、我々以外は殆ど人がいなく大変神聖で敬虔な思いになりましたが、

高尾山は、紅葉シーズンでもあり、もの凄い混み方でギャップに驚きでした。

是非、早朝をおススメします!

 

<本日のお話>

■風水を哲学する20「言葉と術としての起源」

 

風水の「思想的起源」をみてきましたが、

次回から「言葉と術としての起源」を考察していきます。

 

市販されている日本の風水の書籍には、

必ず出てくるのが、東晋(317~420)時代の

郭璞(276 ~ 324)の『葬書』とされています。

先ずは、こちらから分析していきたいと思います。

 

つづく

 

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風水顧問打ち合わせ in 銀座 / 「諸子百家」

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<本日の活動予定>

■風水師養成講座2件、マンション鑑定1件

 

<今日のつぶやき>

■朝、代々木公園に行くと都会のど真ん中で、

本当に美しい景色を見ることが出来ます。

今は紅葉の落ち葉が敷き詰められていますが、

さながら「ペルシャ絨毯」の様です。

人が作ったもので、美しく感動出来るものは、

自然の美しさをどこかで見て、

潜在的に模写したもののように思います。

 

<本日のお話>

■風水を哲学する18「諸子百家」

 

「諸子」は人物(子は先生を意味する敬称)を指し、

「百家」は学派を表す。

 

春秋時代から戦国時代にかけて、

周王朝が滅び、周辺諸侯が強大化し、覇権争いが激しくり、

激動の時代の中で、古い秩序が崩壊し、

新たな秩序・思想が求められ、諸侯も有能な人材を求めたため、

多くの思想家や学者が現れ、多くの書物が書かれました。

これらを総称して『諸子百家』と呼びます。

 

『儒家』:「孔子」儒家の祖。「孟子」孔子の後継者。「荀子」法家の元祖。

『道家』:「老子」道家の祖。「荘子」老子の後継者。

『法家』:「商鞅」法治主義。「韓非」荀子に学ぶ。「李斯」秦の始皇帝に仕た。

『兵家』:「孫子」用兵・戦術を説く。「呉子」。

『墨家』:「墨子」兼愛、交利・非攻を主張。

『縦横家』:「蘇秦」東方6国の連合同盟説。「張儀」秦と東方6国同盟説。

『陰陽家』:「鄒衍」自然と社会の現象を陰陽二元の相反・相互依存説。

『名家』:「公孫竜」概念と実体の関係の研究。

『農家』:「許行」農業生産の重要性を主張。

 

この中で特筆すべきものは『陰陽家』です。

開祖・鄒衍(すうえん)は陰陽説と五行説を集大成した代表的な陰陽家とされています。

「陰陽説」「五行説」を説き、 天文・暦学に通じ、天体の運行によって起きる現象と人間生活の関係を結びつけて説明しようとしたので迷信や禁忌とも結びつき、

後世まで中国人の生活・思考に溶け込んで大きな影響を及ぼすことになりました。

 

日本で話題になる『陰陽師』は、この『陰陽家』の流れであることは想定出来るところですが、決して『陰陽師』=『風水師』ではありません。

『道家』から派生した『道教』、『道士』=『風水師』でもありません。

 

「風水を哲学する」の内容を確認していくと、

風水の思想的起源は、『諸子百家』全てといえます。

この辺りをもう少し詳細に解説しています。 つづく

 

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風水コンサルタント in 横浜/ 「呂氏春秋」

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<本日の活動予定>

■風水顧問打ち合わせ1件、マンション鑑定3件

 

<今日のつぶやき>

■「私風水信じているんです~!」

と、昨日来られたIT系の営業女子が感嘆の声をあげる。

「家を建てる時は、風水で建てたいと思っているんです~!!」

「この椅子の色も風水ですよね~!!!」

弊社の公式サイトやブログを見て下さったことのようだが・・・

風水の定義は難しい。トホホ

 

<本日のお話>

■風水を哲学する17「呂氏春秋」

 

「呂氏春秋」

 

呂氏春秋(りょししゅんじゅう)

秦の始皇帝の初期、相国・文信侯・呂不韋が、

自分の下に集まった賓客にそれぞれ所論を展開させ、

秦の始皇8年(紀元前239年)に完成しました。

構成は、十二紀・八覧・六論、26巻160篇の大作です。

その思想は儒家・道家を中心としながらも、

名家・法家・墨家・農家・陰陽家など諸学派の説が幅広く採用され、

雑家の代表的書物とされています。

内容は、天文暦学や音楽理論、農学理論など自然科学的な論説です。

 

呂氏春秋完成後に呂不韋が一般公開し、

一字でも添削ができれば千金を与えると公表し、

「一字千金」と称されます。

 

呂不韋自身は、嫪毐の乱により失脚して自殺してしまうが、

彼の纏め上げた大作・呂氏春秋は、

秦の始皇帝時代における万里の長城や阿呆宮に並ぶ大きな文化遺産として、

後世に残されています。

 

漢代に入り、漢書の芸文志で諸子の部の雑家に分類されたのは、

儒家・道家・法家などの古代思想のすべてを包含しているためでした。

 

諸子百家の説が道とか天を軸として所論を展開しているのに対して、

呂氏春秋においては、「時令」という1年の時間軸を中心として所論が展開され、

1年を4季にわけ、さらに1季を孟・仲・季の3節、

つまり12ヶ月(紀)に分割しています。

 

そしてこの時間軸に対して、この月の天文気象、

自然の状態から人間の日常生活を規定し、

それに見合った人事教訓を記述する方式をとっています。

 

自然界の法則に人倫道徳をリンクさせてく手法は、

風水の原典をみる思いです。

 

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風水コンサルタント from 福島 / 「易経」

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<本日の活動予定>

■風水師養成講座1件、風水コンサルタント1件

 

<今日のつぶやき>

■「自分の裁く裁きで裁かれる」;マタイによる福音書

所謂、ブーメラン現象に対するイエスキリストの注意勧告です。

米国のブッシュもオバマもクリスチャンではないか!

イエスキリストの思想信条が机上の空論にならないことを祈ります。

 

<本日のお話>

■風水を哲学する16「易経」

 

四書五経の全てを紹介するのは別の機会とさせて頂き、

「風水理論」の根本である「易経」についてお伝えします。

 

「易経」が無ければ「風水」は存在しなかったと言い切ることが出来、

風水の根本が「易経」であることに対しては、反駁の余地はありません。

 

易経はBC8世紀ごろに成立したといわれる、『古来の自然哲学』です。

決して占いの道具ではありません。

 

漢代に入り、儒教が国教になったころから、六経の首位に置かれるようになります。

宋代に入り、新儒学が形成されると、その形而上学の柱とも考えられるほど、

重要な位置を占めることになります。

 

「五経」の最終の段階で、易経が儒教経典の中心に登場した背景には、

儒学に対する老荘思想・道教の影響が考えられます。

 

また老荘思想が盛んであった頃、仏教の影響も強くなり、

儒学が、仏教に対して理論武装するために、

易経のような高度な自然哲学や数理の理論が、新しく要請されたといえる。

 

「易学」の発祥は殷代とされますが、

周代に成立した「易学」を用いた「周易」の理論は、現代のコンピュータに利用されている2進法、8進法、16進法の高度な数学理論と、それに対する自然哲学の組み合わせで構成された、水準の高いものです。

伝説では「周易」は孔子の作と言われているものの、

それが儒学において、「易経」と呼ばれて五経の筆頭になったのは非常に遅く、

宋代になってからのことです。

 

しかし、ここまで重用されている「易経」の作者は不明なのです。

伏義とされているが、伏義は人ではありません神です。

 

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風水顧問打ち合わせ in 渋谷 / 「四書五経」

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<本日の活動予定>

■風水顧問打ち合わせ1件、風水マンション鑑定1件

 

<今日のつぶやき>

■1990年10月10日に運命的な出会いをさせて頂、この業界に飛び込み

丸25年を過ぎ26年目に入っています。

恩師、クライアントや門下生、プライベートと他の業種に比べても本当に多くの人に出会い、揺り籠から墓場まで、家族・親戚ぐるみでお付き合いさせて頂いています。

全ての出会い故に今の自分があることを改めて実感し感謝致します。

今日も、どんな人に出会い、どんな相談を受けれるのか本当に楽しみです。

 

<本日のお話>

■風水を哲学する15「四書五経」

 

孔子から陽明学までの思想の変遷と、

神話時代からBC213年の焚書坑儒までの歴史の変遷を辿ってきました。

 

ここで、風水に影響を及ぼす「書・経」をお伝え致します。

人物と歴史の流れを合わせて御確認頂ければと思います。

 

先ずは「四書五経」です。

四書五経とは儒教の教典で重要な9種の書物のことで、

四書は、「大学」「中庸」「論語」「孟子」、

五経は、「詩経」「書経」「礼記」「易 経」「春秋」です。

 

実は、この「経」と「書」の間には、

孔子によってその基礎を作られた儒学の原理が、

春秋、戦国時代における孔子学の創設から、

漢代の儒学の国教化をへて、

宋代以降に朱子学によって国家的規模での新儒学体系に纏め上げられていく、

1000年を越える壮大な歴史のドラマが存在していました。

詳細は、次回お伝えします。

 

 簡単に「経・書」の違いを言えば、

「経」とは、儒学の聖典のことであり、

「書」とは聖典を読むための参考書のことです。

しかしフシギなことには、孔子の教えを記録した「論語」は聖典ではなく参考書であり、もともとの儒学の聖典には論語も孟子も含まれていません。

つまり経典とは、孔子のおしえではなく、

書経のような先王の事跡と春秋のような歴史年表や詩経のような詩歌集などで構成されています。

 

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断易講座 by NPO / 「焚書坑儒」

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<本日の活動予定>

■風水顧問打ち合わせ2件、風水師養成講座1件

 

<今日のつぶやき>

■渋谷で行っているNPOの勉強会は、

気心知れたメンバーと交流出来る貴重な時間となっています。

NPOで認定している「認定運勢鑑定士」とそうで無いメンバーとの、

お客様に対する心情姿勢の差を大きく感じました。

それは、如何に「依存させない様にするか」と「依存させようとするか」の違いです。

依存させて儲けようと思っている様では、業界全体が破滅に向かうことになるでしょう。

 

<本日のお話>

■風水を哲学する14「焚書坑儒」

 

焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)。

直訳すると「書を燃やし、儒者を坑する(儒者を生き埋めにする)」の意味で、

BC213秦代の「文化大革命」です。

 

中国の戦国時代の諸子百家の一つで、徳治主義を説く儒家と異なり、

法治主義を説き、儒家の述べる徳治のような信賞の基準が為政者の恣意であるような統治ではなく、厳格な法という定まった基準によって国家を治めるべしという立場である

『法家思想』により始皇帝から重用された『廷尉・李斯』は、やがて丞相となり、

「秦記」以外の書をすべて焼き、古い時代を是とし今の時代を批判するものとその一族を誅殺すべきとする、大変な上申を始皇帝に行いました。

そして『廷尉・李斯』は、過去の思想は、技術のノウハウ以外のすべてを切り捨て、現在に役立つ書物や人物だけ残す大文化革命に乗り出し、これを始皇帝が承認、実施したのです。

 

これにより中国の古代思想である道教も儒教も、すべて否定されたことになりました。

ところが、始皇帝自身は、その前から道教的な神仙思想に大きくのめり込んで行っていたことも多く確認されています。

 

この焚書坑儒をきっかけに、中国の古代思想が海外に流出することになります。

「都市伝説」にならないように、しっかり史実を確認していきたいと思います。

 

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